2010年12月09日

Coffee Break108 過ぎ越し(出エジプト記12章)




 人が居住地を変えると言うのは、大事件です。家を買って引っ越すようなことでも、人生の一大事で、まして、村ごと、町ごと、国ごと、民族ごとそっくり移住するとなると、大事件にならないはずがありません。日本は海に囲まれた島国なので、領土の中まで侵略されたこともなければ、民族ごと、国の外に強制移住させられた歴史もないのです。日本が単一民族国家というのは、かつて問題になったように、事実とちがっていると思います。しかし、日本では、人数的に拮抗する二つの民族が、対立しながら共生するような状況はありませんでしたから、聖書の世界にあるように、部族、民族、国などの「一つの社会」がまるごと移動し、移住させられ、そのたびに、衝突、戦争、融和を繰り返す状況は、私たちには、理解しがたいのではないでしょうか。

 創世記のなかで語られるイスラエル人の先祖、アブラハム・イサク・ヤコブは、遊牧民の一部族でした。彼らは、数が多くなっても民族や国を形成するほどではなく、アブラハムは最初、兄のナホルと別れて、ハランからカナンに出てきました。また、カナンでは、甥のロトと別れて、ロトはソドムの近くに天幕を張ったのです。(創世記13章12節)

 こうした移動はすべて神の采配されるところでしたが、同時に、遊牧民として宿命的な生活様式でした。ヤコブは十二人もの息子を得て、いよいよ大きな部族となったのですが、それでも、民族と呼ぶには少なく、ヨセフのツテでエジプトに移住した時のイスラエル一族は七十人ほどでした。


 それが、四百年ほど経つと、ヘブル人(イスラエル人)はエジプトで、パロが警戒するほどの民族集団になっていました。すでに、エジプトではヨセフのことを知らない王朝になっていて、ヘブル人を奴隷として支配していました。この苦しい状況下で叫ぶ民の声をお聞きになった、アブラハム・イサク・ヤコブの神(主)がモーセを召して、彼らを、アブラハム・イサク・ヤコブに約束しておられたカナンの地に移されようとされたのです。

 安上がりの労働力奴隷を、快く立ち去らせる君主などいません。それで、主はエジプトに次々と災害を下して、パロに圧力をかけるのです。
 九番めの暗やみの災害で、パロは事実上、屈服しました。
 けれども、ただ、出て行ければ良いのではありません。

☆☆☆☆

 主はエジプトの国でモーセとアロンに仰せられた。(出エジプト記12章1節)
「この月をあなたがたの月の始りとし、これをあなたがたの年の最初の月とせよ。(2節)
 イスラエルの全会衆に告げて言え。
 この月の十日に、おのおのその父祖の家ごとに、羊一頭を、すなわち、家族ごとに羊一頭を用意しなさい。(3節)
 もし、家族が羊一頭の分より少ないなら、その人はその家のすぐ隣の人と、人数に応じて一頭を取り、めいめいが食べる分量に応じて、その羊を分けなければならない。(4節)

 あなたがたはこの月の十四日までそれをよく見守る。そして、イスラエルの民の全集会は集まって、夕暮れにそれをほふり、(6節)
その血を取り、羊を食べる家々の二本の門柱と、かもいにそれをつける。(7節)
その夜、その肉を食べる。すなわち、それを火に焼いて、種を入れないパンと苦菜を添
えて食べなければならない。(8節)

 あなたがたは、このようにしてそれを食べなければならない。腰の帯を引き締め、足にくつをはき、手に杖を持ち、急いで食べなさい。これは主への過ぎ越しのいけにえである。(11節)
 その夜、わたしはエジプトの地を巡り、人をはじめ、家畜に至るまで、エジプトの地のすべての初子をうち、また、エジプトのすべての神々にさばきを下そう。わたしは主である。(12節)
 あなたがたのいる家々の血は、あなたがたのためにしるしとなる。わたしはその血を見て、あなたがたの所を通り越そう。わたしがエジプトの地を打つとき、あなたがたに滅びのわざわいは起こらない。(13節)
 この日は、あなたがたにとって記念すべき日となる。あなたがたはこれを主への祭りとして祝い、代々守るべき永遠のおきてとしてこれを祝わなければならない。(14節)
 

 エジプト出立は、イスラエル人が、ただ、どたばたとエジプトから出て行くことではない。しっかりと記憶に残る神のワザの出来事とともに、代々語り継がれ、祝われるべき儀式を経て、それから、旅立つべきメモリアルデーであると、聖書は語っています。

 主は、エジプト中の初子を打つと宣言され、しかし、ご自分の民イスラエル人には、犠牲の羊をほふって、各家の門柱と鴨居に塗っておけば、災害は、その家の前を過ぎ越す(通り過ぎる)ことを示されたのです。

 主は、イスラエル人の出発に当って、イスラエル人が神の選びの民であり、彼らが主の命令に従うかぎり、彼らとともにおられることを、今一度、示されたのです。






        聖書箇所は、新改訳聖書より引用しています。





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posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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