2010年12月10日

Coffee Break109 旅立ち(出エジプト記12章)





 エジプトにいたイスラエルの民が、主のご命令どおり羊をほふり、その血を各家の門柱や鴨居に塗りつけ、旅支度をして犠牲の羊を食べる様子は、出エジプト記12章21節から28節に記されています。もちろん、同時にパンも食べるのですが、このパンは種(酵母)を入れないパンをでなければならないと、命じられていました。それで、過ぎ越しの祭りを除麹祭とも言います。
 イスラエル人が過ぎ越しの食事をしている間に、主はエジプトを行きめぐり、パロの初子から地下牢にいる捕虜の初子、羊や山羊など家畜の初子までを打たれました。

 それで、その夜、パロやその家臣および全エジプトが起き上がった。そして、エジプトには激しい泣き叫びが起こった。それは死人のない家がなかったからである。(出エジプト記12章30節)

 パロはついに、モーセとアロンを呼んで、言います。「おまえたちもイスラエル人も立ち上がって、私の民の中から出て行け。おまえたちの言う通り、行って、主に仕えよ。
 おまえたちの言う通りに、羊の群れも牛の群れも連れて行け。そして私のためにも祝福を祈れ。」(12章31節32節)


 エジプトは、イスラエルの民をせきたてて、強制的にその国から追い出しました。

 それどころか、イスラエル人が求めるまま、金銀の装身具や着るものを与えたのです。つまり、彼らは、手ぶらで逃げたのではなく、エジプト人から餞別(せんべつ)をもらったのです。
 旅立つ人、引っ越す人に対する餞別は、日本にも最近まで習慣としてありました。今でも、会社の転勤などの場合、行なうのではないでしょうか。
 しかし、それはよい人間関係の間で成立したもので、喧嘩している間では、「盗人に追い銭」に、なってしまいます。それでも、エジプト人はイスラエル人にいろいろのものを与えたのです。これも主が、エジプト人の心に働かれたからです。


 旅立つイスラエル人は、壮年の男子だけで六十万人だったと書かれています。これに女・子どもを加えた数は二百万とも、それ以上とも言われています。それに、家畜、家財道具(持ち運べるだけの)、いっしょに逃げる外国人などがいたというのですから、壮大な光景です。
 
 ゆっくり食事をしている暇がなかった彼らは、パンになる前の練り粉の入った鉢を担いで行くありさまでした。

 年寄りも、病人も、子供も、乳飲み子も妊婦もいるのですから、大人数とはいえ、危なっかしい集団です。それで、追い討ちをかけられないよう、事故が起こらないよう、主は民を連れ出すために、寝ずの番をされたというのです。

 神様が、私たち人間のように眠るとか、眠らないと疲れるなどないのですから、これは擬人化した象徴的な表現でしょう。イスラエル人が脱出しながら、主が見張って守って下さっているのを、実感したのでしょう。
 イスラエル人はこののち、この記念すべき日には、自分たちが「主のために寝ずの番」をすることになりました。


 その日は、ヤコブ(イスラエル)の子どもたちがエジプトに移住して(創世記46章47章)から、ちょうど四百三十年後のことでした。

 エジプトという苗床から、殖えた株(イスラエル人)を引き抜いて、ごっそり新しい土地に移植する作業は、簡単なものではありませんでした。
 アブラハムを召し出された日から、イサク・ヤコブに現れ、彼らの神となられた主にとって、出エジプトは、主(神)の選びの民との大きな契約(シナイ契約)に先立つ、第一歩でした。
 
 エデンの園から出て、迷いの中に入ってしまい、創造主(神)を忘れた人間を、ふたたび、御許に連れ戻そうとされる主のご計画は、ここから新たな展開を見せるのです。





【関連する記事】
posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/172540197
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。