2011年01月26日

Coffee Break156 いけにえ(レビ記1章2章、新約聖書ヘブル人への手紙5章1節〜4節)




 全焼のささげ物には、大型動物のほかに鳥も受け容れられました。鳥の場合は、山鳩か家鳩のヒナでした。
 これは祭司が首をひねって殺し、祭壇の横にかかるよう、血をそそぎ出しました。餌袋と羽毛は灰捨て場に捨て、翼をつかんで引き裂くのですが、左右の翼を切り離してはならないと命じられています。これらを祭壇の上で全焼のいけにえとして焼きました。
 雄牛や雄羊、山羊に比べれば、鳥のヒナはすぐに燃え尽きたでしょう。じっさいには、このような鳥のささげ物が多かったのかもしれません。

 これらの、ささげ物には、穀物が供えられました。穀物の供え物は、上等の小麦粉に、オリーブ油をそそぎ、乳香を加えました。
 祭司は、もってこられた小麦粉の一部と油と乳香を祭壇で燃やしました。これも、主へのなだめの香りの火によるささげ物でした。残りは祭司が取ってよいことになっていましたが、祭司の取り分も、神聖なものと見なされました。
 小麦は、パンなどに加工してあってもよかったのですが、その場合は、パン種(イースト菌)や蜂蜜を入れてはなりませんでした。

 出エジプトの出発前の過ぎ越しで、「パン種を入れないパン」を用意することが命じられていますが(出エジプト記12章3節〜8節)、このように、犠牲がほふられる時の供え物には、発酵するパンは禁止されたのです。

 
 ☆☆☆☆

 
 出エジプト記は、幕屋の完成と祭司制度の制定で終わりました。
 幕屋はきよくない人間がきよい神に近づくための場所です。しかし、罪ある人間は、きよい神様に近づくことができません。まず、自分の罪を贖わなければなりません。こうして、定められた動物の命が贖いのためにささげられたのです。祭司とは、律法に定められた手続きを行ないながら、ささげ物をもってきた人と、神との仲立ちをする職業でした。

 大祭司はみな、人々の中から選ばれ、神に仕えることがらについて人々に代わるものとして任命を受けたのです。それは、罪のために、ささげ物といけにえとをささげるためです。(新約聖書ヘブル人への手紙5章1節)
 彼は自分自身も弱さを身にまとっているので、無知な迷っている人々を思いやることができるのです。(2節)
 そしてまた、その弱さのゆえに、民のためだけでなく、自分のためにも、罪のためのささげものをしなければなりません。(3節)
 また、だれでも、この名誉は自分で得るのではなく、アロンのように神に召されて受けるのです。(4節)



 犠牲(いけにえ)の羊であり、同時に、大祭司であるイエス・キリストについての言及が、レビ記からの膨大な歳月(千五百年ほど)をへだてて、新約聖書に記されています。神さまは、十戒を与えた直後に、のちにくるキリストの贖いを人類が理解するように、幕屋の細則を定められていたのです。これは、目を瞠るような神のみわざではないでしょうか。




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posted by さとうまさこ at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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