2011年05月06日

Coffee Break251 神の視点、人間の視点(民数記34章)


 
 聖書の歴史物語が、神の視点で書かれたものだとわかっていても、常に神の視点を納得し、その基準にあわせて読み進めていくのは、なかなか難しいというしかありません。生まれたときから、人間の視点で世界を見て、限られた人間の能力で判断して生きているわけです。

 ある人は、「神様のような人」と言われますが、そのような表現すなわち、人間を中心に見ているわけです。神技、神がかり、など、すべて、人間の側から神を見ているのです。ほんとうの神様の全貌など、限られた能力で、火花のような小さな人間の人生の間に、とらえるべくもありません。

 アブラハムを選び出された天地創造の神が、アブラハムにカナンを見せて、「この地をあなたの子孫に与えよう」と言われるのも、むしろ、神様が人間に歩み寄ってくださって、わかりやすい形で、救いの第一歩を踏み出されたとも言えます。

 神様なら、召し出したアブラム(アブラハム)に、いきなりカナンをお与えになることもおできになったでしょう。
 最初から、王国をもっている王を選んでいれば、神の民の数が増えるのに、四百年も待たなくてもすみます。また、ノアが箱舟から出てきたとき、すぐにノアに命じて、カナンにイスラエル(と言う名前にならなかったかもしれませんが)の建設を始めていたら、カナンの部族を追い出すための戦争はなかったわけです。

 しかし、人間の歴史でさえ、「もし」がないのですから、神の御心で展開される歴史には、すべて必然があるのです。ただ、神の御心のすべてがわからない私たちには、その必然を分析したりしてわかるものではないのだと、私は思います。

 はっきりしているのは、人は最初、「楽園」に置かれていたことです。恵みと祝福の中で、なんの労苦もないところで、平然と失敗していることです。


 ☆☆☆☆
 
 民数記33章50節から56節までの間で、神は、カナンを徹底的に攻略しなければならない、その地の偶像は、徹底的に破壊しなければならないと命じられます。

 そのあとで、神がイスラエルにお与えになる相続地の境界線を、具体的に示します。


「あなたがたの南側は、エドムに接するツィンの荒野に始まる。南の境界線は、東のほうの塩の海の端に始まる。(民数記34章3節)

 あなたがたの西の境界線は、大海(地中海)とその沿岸である。(6節)
 
 北の境界線は、次のとおりにしなければならない。大海からホル山まで線を引き、(7節)
 さらにホル山からレボ・ハマテまで線を引き、その境界線の終わりはツェダデである。(8節)
 ついでその境界線は、ジフロンに延び、その終わりハツァル・エナンである。これがあなたの北の境界線である。(9節)

 あなたがたの東の境界線としては、ハツァル・エナンからシェファムまで線を引け。(10節)
 その境界線は、シェファムからアインの当方のリブラに下り、さらに境界線は、そこから下ってキネレテの海の東の傾斜地に達し、(11節)
 さらにその境界線は、ヨルダンに下り、その終わりは塩の海である。以上が周囲の境界線によるあなたがたの地である。」(12節)
 

 この相続地を、神は九部族と半部族でくじを引いて、場所を決めるよう命じられます。土地は、人数の多い部族には多く、少ない部族には少なく分けるのです。
 九部族半になったのは、すでに、ルベン族とガド族、マナセの半部族もヨルダン川の東側をもらったからです。

 神が下さる相続地を、じっさいに、分けるのはヌンの子ヨシュアと祭司エリアザルであると指名されています。同時に、それぞれの部族から、相続地のかしらとして族長を立てることが求められます。
 族長の名前は、以下のとおりでした。
        ユダ部族からは、  エフネの子カレブ。
        シメオン部族、   アミフデの子サムエル
        ベニヤミン部族   キスロンの子エリダデ
        ダン部族      ヨグリの子ブキ
        マナセ部族     エフェデの子ハニエル
        エフライム部族   シフタンの子ケムエル
        ゼブルン部族    バルナクの子エリツァファン
        イッサカル部族   アザンの子パルティエル
        アシェル部族    シェロミの子アヒフデ
        ナフタリ部族    アミフデの子ペダフェル
        
 
 ☆☆☆☆

 神はこのように厳格に相続地をお決めになり、神の強力な後押しのなかで、まもなくイスラエル人はヨルダン川を渡ることになるのです。

 しかし、イスラエル人は神が仰せになったように、完全にカナンを征服することはできませんでした。
 また、せっかくカナンに入った後も、ミディアン人やペリシテ人に攻められ、戦いが続くのでした。

 やがて、周辺諸国に攻められて困り果てたイスラエルの民は、神に人間の王を求め、神がサムエルを通して民の要求をお聞きになり、イスラエルは神権政治から王権政治に代わっていくのです。

 むろん、全知全能の神様にとっては、それもご承知の上での、イスラエルのカナン入りでした。





【関連する記事】
posted by さとうまさこ at 04:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/199404302
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。