2011年06月03日

Coffee Break278 心が高ぶる時(申命記8章3節〜14節)

 


 悪魔はイエス様に、「あなたが神の子なら、この石にパンになるように、命じなさい。」(マタイの福音書4章4節)と、誘惑しました。
 悪魔は、イエス様が神の子であると知った上で、このように言ったのです。
 神は霊ですから、ほんらいパンを必要とはされません。しかし、人となって世に来られたイエス様は、人間としての肉体をもっておられるのですから、空腹を覚えられるのです。

 悪魔は、神であるイエス様が命じれば石がパンになること、人間の肉体を取っておられるイエス様にとって、四十日四十夜の断食はもちろん、苦しみであったことを見越しているのです。


 イエス様が、もし、悪魔のそそのかしのとおり、石をパンに変えて召し上がったらどうなったでしょう。
 
 その時、神ご自身が、申命記でモーセに語らせられた「人はパンだけで生きるのではない。人は主の口から出るすべてのもので生きる。」(申命記8章3節)を否定することになるのです。

 この重要なことばを否定することは、申命記を含む聖書全体を貫く「神の人類救済の歴史」そのものを覆すことになるのです。

 イエス様が世に来られたことは、悪魔にとって大変な恐慌でした。
 悪魔は、「この世の神」(Uコリント4章4節)なのです。人が、エデンの園を追放されて、つまり、神の守りの中から出て、悪魔が支配する「この世」に来たときから、あらゆる手段で人を貶め、苦しめてきました。
 ところが、イエス様があがないのためにお出でになったため、悪魔の「わが世の春」が終るのです。

 少々荒っぽい言い方になりますが、悪魔はなんとしても、イエス様にパンを食べてもらって、神の権威をひっくり返したかったにちがいありません。
 

☆☆☆☆

 悪魔がイエス様に期待したのは、肉体を持つものとしての弱点・空腹だけではありません。人間は、心にも弱さをもっています。悪魔は、あるいは、イエス様にも人間が持つような「心の弱さ」があるかもしれないと思ったのでしょうか。

 「あなたが神の子なら」とは、イエス様に対して、人間的な自負心、プライドに訴えたのです。
 もちろん、イエス様はそのようなことばに、そそのかされる「高ぶり」をお持ちではありませんでしたが、悪魔は、はかない期待をしたのです。
 
 私たちは、申命記の神の命令を書かせたのは、神(イエス様)ご自身であるということを、知っています。申命記8章3節のみことばをモーセに語らせるとき、神は、すでに、人の高ぶりを警告しておられるのです。


 あなたが食べて満ち足りたとき、主が賜った良い地について、あなたの神、主をほめたたえなければならない。(申命記8章10節)

 気をつけなさい。私が、きょう、あなたに命じる主の命令と、主の定めと、主のおきてとを守らず、あなたの神、主を忘れることがないように。(11節)

 あなたが食べて満ち足り、りっぱな家を建てて住み、(12節)
 あなたの牛や羊の群れがふえ、金銀が増し、あなたの所有物がみな増し加わり、(13章)
 
 あなたの心が高ぶり、あなたの神、主を忘れる、そういうことがないように。(14章)
 (太字筆者)

 自信のなさや臆病が、せっかくの神の愛から人を遠ざけてしまうかもしれません。しかし、自信や自負がある高ぶりのときこそ神を忘れがちであるから、気をつけなさいと、モーセはイスラエルの民に言い聞かせているのです。




【関連する記事】
posted by さとうまさこ at 04:00| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。