2011年07月02日

Coffee Break303 例祭とさばき(申命記16章)




 アビブの月を守り、あなたの神、主に過ぎ越しのいけにえをささげなさい。アビブの月に、あなたの神、主が、夜のうちに、エジプトからあなたを連れ出されたからである。(申命記16章1節)


 アビブの月は、のちに(バビロン捕囚後)言い方が変わって、ニサンの月になります。今の暦では3月にあたるのですが、当時はこれが第一の月と呼ばれました。ちょうど初穂が実るころだったようです。
 申命記16章1節から17節までは、「主の例祭」と呼ばれる行事が記されていますが、これは、レビ記23章に詳しく記されています。
  @ 安息日
  A 過越し(エジプトを出た日の記念)
  B 七週のまつり(初穂の束を奉献した日から満七週間。その翌日の五十日目が五旬節)
  C ラッパの祭り(第七月の第一日)
  D 贖罪の日(第七月の十日)
  E 仮庵の祭り(第七月の15日から七日間)

 七週の祭りは、収穫祭です。米農業の日本と違って秋に種を蒔き、春に刈り入れます。いわば「春祭り」です。大麦と小麦の収穫に代表される「生存の基盤」である農産物は、神様がくださった物です。天候に恵まれて、無事に初穂が実り、それに鎌を入れることができるのはどれほどの奇跡、感謝なことか。今、あり余る食物に囲まれている私たちには、ちょっと実感がわかないでしょう。しかし、農産物の収穫祭が、どのような国、地域、文化にもあることから、収穫を与えてくださる神様のおかげで、人類が生き延びてきたのがわかります。

 過ぎ越しと狩庵の祭りは、出エジプトを忘れないための行事です。
 安息日は十戒の四番目の戒め(出エジプト記20章8節)です。それとは別に、第七月の第一日は完全に休むよう主が命じておられる日です。ラッパを吹き鳴らして告げ知らせたのでこのように呼ばれています。贖罪の日は、同様に仕事を休んで火によるささげ物をし、神による贖いを受ける日となっています。

 
☆☆☆☆

 あなたの神、主があなたに与えようとしておられるあなたのすべての町囲みのうちに、あなたの部族ごとに、さばきつかさと、つかさたちを任命しなければならない。彼らは正しいさばきをもって民をさばかなければならない。(申命記16章18節)
 
 例祭は、主との関係を正すことが目的です。
 いっぽう、18節以下は、いわば「民政」についての戒めです。

 イスラエルの民は、エジプトで奴隷でしたから、もともときちんとした政治組織はありませんでした。人々を束ねる指令系統は、各氏族や部族の長老でした。これはいわば親族代表、一族の家長ですから、じっさいにエジプトを出てイスラエル全体が動き始めた時、イスラエルの民は効率的に機能する政治的社会組織が必要でした。

 揉め事やさばきがあるたびに、モーセが孤軍奮闘してさばきを行なっていたのです。見かねたモーセのしゅうとイテロがが、十人、五十人、百人、千人と束ねて、その上に長を置いてさばきつかさとするよう助言しています。(出エジプト記18章13節〜20節)


 申命記16章18節で命じられているのは、これら「つかさ」たちが、正しいさばきを行なうことです。

 あなたはさばきを曲げてはならない。人をかたよって見てはならない。わいろを取ってはならない。わいろは知恵ある人を盲目にし、正しい人の言い分をゆがめるからである。(19節)

 正義を、ただ正義を追い求めなければならない。そうすれば、あなたは生き、あなたの神、主が与えようとしておられる地を、自分の所有とすることができる。(20節)


 それにしても、正義とは何でしょう。正しいさばきや判決は、それほどまれなことだったのでしょうか。

 十戒の九番めの戒めは、あなたの隣人に対し偽りの証言をしてはならない(出エジプト記20章16節)でした。

 また、すぐあとに次のような戒めもあります。

 偽りのうわさを言いふしてはならない。悪者と組んで、悪意ある証人となってはならない。(23章1節)
 悪を行なう権力者の側に立ってはならない。訴訟にあたっては、権力者にかたよって、不当な証言をしてはならない。(2節)
 また、その訴訟においては、貧しい人を特に重んじてもいけない。(3節)
 

 証人が正しく、裁く人が権力者の側に立たず、それでいて、貧しい人をその理由で特に重んじてはいけない。
 三千五百年も昔に、このような正義の理念があったことに驚かされます。もちろん、なかなか実行できることではなかったでしょう。ただ、命じられた方が神様であるのですから、信仰がたしかな時代には正義は実現したのではないでしょうか。
 
  七百年後、ユダ王国の預言者イザヤは信仰が失われた時代に、神のことばを受けています。

  「さあ、来たれ。論じ合おう」と主は仰せられる。
  「たとい、あなたがたの罪が緋のように赤くても、
  雪のように白くなる。
  たとい、紅のように赤くても、
  羊の毛のようになる。
  もし、喜んで聞こうとするなら、あなたがたは、
  この国の良いものを食べることができる。
  しかし、もし拒み、そむくなら、
  あなたがたは剣にのまれる」と、
  主の御口が語られたからである。     (イザヤ書1章18節〜20節)






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posted by さとうまさこ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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