2011年07月08日

Coffee Break309 いくさのシナリオ(申命記20章9節〜17節)



 
 いまどきの日本では、戦争はどこか現実離れした話です。何しろ、1945年8月15日の終戦以来、直接にはどこの国とも交戦してはいないのです。
 もともと国土は四海に囲まれ、とくに東側一帯は太平洋ですから、外国から攻められたり、外国と交戦することが非常に稀でした。
 外国から一方的に攻めて来られたのは、日本史のなかで、元寇だけでした。

 
 聖書の世界は、多くの民族が入り乱れて、常時、陣取り合戦をしているような地域が舞台です。エジプトとメソポタミアという二つの大きな文明にはさまれた中東で、文明、物資、人、軍隊が激しく行き通って、国家、国民、民族、文化、言語、国境などは、今日の、私たち日本人の概念とはずいぶん様相が違っていたことでしょう。


 ☆☆☆☆

 つかさたちは、さらに民に告げて言わなければならない。「恐れて弱気になっている者はいないか。その者は家に帰れ。戦友たちの心が、彼の心のようにくじけるといけないから。」(申命記20章8節)

 つかさたちが民に告げ終わったら、将軍たちが民の指揮をとりなさい。(9節)


 いよいよカナン入りが目前のこの時期、民事を裁く「つかさ」。神の声を伝える「祭司」、戦場で戦うときの長である「将軍」と、役割が分かれてきたようです。
 うしろ髪を引かれるような個人的事情があるもの、恐れて弱気になっているものを家に帰したら、いよいよ戦争です。
 
 町を攻略しようと、あなたがその町に近づいたときには、まず降伏を勧めなさい。(10節)

 降伏に同意して門を開くなら、その中にいる民は、みな、あなたのために、苦役に服して働かなければならない。(11節)

 もしあなたに降伏せず、戦おうとするなら、これを包囲しなさい。(12節)

 あなたの神、主が、それをあなたの手に渡されたなら、その町の男をみな、剣の刃で打ちなさい。(13節)

 しかし女、子ども、家畜、また町の中にあるすべてのもの、そのすべての略奪物を、戦利品として取ってよい。あなたの神、主があなたに与えられた敵からの略奪物を、あなたは利用することができる。(14節)

 非常に遠く離れていて、次に示す国々の町でない町々に対しては、すべてこのようにしなければならない。(15節)


 この命令は、勝ち戦さのシナリオとも言うべき、とても勇ましいものです。
 イスラエルが、敵を取り囲む前に、向こうが迎え撃つために出てくるかもしれないとか、包囲したものの、案外に敵が持ちこたえて膠着(こうちゃく)状態が長引くとかといった、もうひとつの想定はしていません。

 部隊から臆病風を追い払って、さて、これから進軍です。もし、このような強気のシュミレーションを出さなかったら、とても勝ち戦さにならないことを、神はご存知だったのではないでしょうか。

 これは、今日の私たちの生き方にも、適用できそうな場面です。
 たとえば、セールスマンはまず、弱気や気がかりを、その心から追い払わなければなりません。そして心を整えたら、売り込み先に突撃です。断られたり、追い払われたりすることを考えるのではなく、まず、強い確信をもって攻撃が成功して、相手が門を開く場面を考えるのでしょう。神が共にいてくださると信じられれば完璧です。

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 聖書は、もちろん、生き方を考えるとてもよい教材になりえます。ただし、聖書は自己啓発や、「上手な生き方」のマニュアル本ではありません。
 
 カナンの攻略は、イスラエルの民が、たんに生きるための戦いではないのです。生き延びさえすれば良いだけなら、エジプトから出て来なくても良かったのです。荒野で四十年放浪したように、細々と中東全域を放浪し、やがて混血してほかの民の中に吸収されてしまっても、生き延びたと言えるかもしれません。

 イスラエルの民が、カナンを勝ち取るというのは、神がその父祖アブラハム・イサク・ヤコブにお与えになったお約束でした。それは、イスラエルの民を用いて、やがて、全人類を救いに入れようとされる神様のご計画だったのです。
 神様の救いのご計画に用いられる民に対して、神様は、「乳と蜜が流れる」豊穣の地を与え、彼らが天地を創造されたまことの神、エジプトから大きな犠牲を払って彼らを連れ出してくださった神を礼拝するかぎり、彼らを満ち足らせてくださるとおっしゃるのです。

 神が全面的にイスラエルの民をバックアップしてくださると同時に、イスラエルの民は神に信頼してその命令に従わなければなりません。

 勝ち戦のシナリオの最後に示されている次のことばは、イスラエルの民がカナンに遣わされる核心となる根拠です。

 非常に遠く離れていて、次に示す国々の町でない町々に対しては、すべてこのようにしなければならない。(15節)

 あなたの神、主が相続地として与えようとしておられる次の国々の民の町では、息のあるものをひとりも生かしておいてはならない。(16章)
 すなわち、ヘテ人、エモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人は、あなたの神、主が命じられたとおり、必ず聖絶しなければならない。(17節)


 新共同訳聖書では、「滅ぼしつくさなければならない」となっているのですが、よく話題になる「聖絶」については、明日取り上げます。





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posted by さとうまさこ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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