2011年08月02日

Coffee Break332 ヨルダン渡河を前に(申命記27章15節〜27節)



 
 申命記は、カナン入植のためのヨルダン渡河を目前にした、モーセのイスラエルの民への演説です。
 出エジプトから四十年、荒野の旅を終え、ヘシュボンやパシャンの王も滅ぼし,その地はすでにルベン人とガド人、マナセの半部族に割り当てられています。
 ヨルダン渡河は、これら、すでに土地(相続地という)を与えられた部族も兵を出すことになっていて、イスラエルは、神の約束どおり、また神の命令どおり、カナンに入ろうとしているのです。カナンでは激しい戦いが予想されています。何より、偶像崇拝をする異教徒の地です。イスラエルより進んだ鉄の戦車や武器を持った国々です。


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 私が、きょう、あなたに命じるすべての命令をあなたがたは守り行なわなければならない。そうすれば、あなたがたは生き、その数はふえ、主があなたがたの先祖たちに誓われた地を所有することができる。(申命記8章1節)

 モーセの長い演説では、軍事戦略的なことはほとんど述べられません。「主の命令を守り行なう」なら、「先祖に神が誓われた地にはいることができる」と言うのです。それは、ひとくちで言えば、主への従順です

 そうすれば、主は、焼き尽くす火として、あなたの前を進まれ、主が彼らを根絶やしにされる。主があなたの前で彼らを征服される。のです。(9章2節)

 カナンにイスラエルの民を入れるというのは、主がイスラエルの先祖に誓われたご計画ですが、イスラエルがどのような心構えでも、主がイスラエルを勝たせてくださるのではないのです。

 27章15節からの、「のろいを招く行為」は、このような剣が峰で、イスラエルの民がどのような心構えでいなければならないのか、「のろわれる」例で戒めています。


「職人の手のわざである、主の忌みきらわれる彫像や鋳像を造り、これをひそかに安置する者はのろわれる。」民はみな、答えて、アーメンと言いなさい。(申命記27章15節)

「自分の父や母を侮辱する者はのろわれる。」民はみな、アーメンと言いなさい。(16節)
「隣人の地境を移すものはのろわれる。」民はみな、アーメンと言いなさい。(17節)
「盲人に間違った道を教えるものはのろわれる。」民はみな、アーメンと言いなさい。(18節)
「在留異国人、みなしご、やもめの権利を侵す者はのろわれる。」民はみな、アーメンと言いなさい。(19節)

「父の妻と寝る者は、自分の父の恥をさらすのであるから、のろわれる。」民はみな、アーメンと言いなさい。(20節)
「どんな獣とも寝る者はのろわれる」民はみな、アーメンと言いなさい。(21節)
「父の娘であれ、母の娘であれ、自分の姉妹と寝る者はのろわれる。」民はみな、アーメンと言いなさい。(22節)
「自分の妻の母と寝る者はのろわれる。」民はみな、アーメンと言いなさい。(23節)

「ひそかに隣人を打ち殺す者はのろわれる。」民はみな、アーメンと言いなさい。(24節)
「わいろを受け取り、人を打ち殺して罪のない者の血を流す者はのろわれる。」民はみな、アーメンと言いなさい。(25節)

「このみおしえのことばを守ろうとせず、これを実行しない者はのろわれる。」民はみな、アーメンと言いなさい。(26節)


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 偶像礼拝への警告は、出エジプトのシナイ契約以降、申命記まで、くりかえし出てきます。
 イスラエルの民は、彼らの父祖の神、アブラハム・イサク・ヤコブの神にエジプトから救い出していただき、シナイで契約を結 び、神、主と、「互いに愛し合い、信頼し会う夫婦」のような誓いをしたのです。ほかの神々を拝むのは、神の愛への裏切り、契約への違反です。
 申命記6章5節、「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」は、イスラエルの民が永劫まで守るべきおきて中のおきてです。
 そして、新約の民であるクリスチャンが、いつも心に灯しているあかりです。

 16節から19節までは、「隣人を愛しなさい」に入るものです。
 十戒の「盗んではならない」に相当する戒めが、「地境を移してはならない」と限定されています。
 
 注目すべきは、「性的禁忌」にあたるものが、4つも上がっていることです。ここに挙がっているような性的乱れは、単なる姦淫よりはるかに、人間性の尊厳を損なうものばかりです。
 また、「殺してはいけない」に入るおきてが二つ出されています。「わいろを・・・」の方は明らかに権力者(つかさ、さばきつかさ)への戒めです。
 民のつかさが、さばきを曲げるのは、社会を腐敗させる元です。

 大きな戦いを前にして、何よりも、イスラエルの民の団結と足並みを乱すものが上げられているのがわかります。
 
 最後に、「アーメン」(そのようになりますように)と答えさせて、命令を確認しているモーセに、カナンでの同胞を思う深刻さを感じます。

 モーセは、ヨルダンを渡ることなく死ぬからです。







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posted by さとうまさこ at 00:38| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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