2011年08月17日

Coffee Break347 天よ。耳を傾けよ。(申命記32章1節〜43節)




 モーセの「決別の歌」のメッセージは、とても鮮やかです。
 奴隷の境涯から救い出して下さった主の恩を忘れて、繁栄すると主を裏切り、他の神々へ走る忘恩の民、イスラエル。(申命記32章5節〜18節)
 つぎの第3パラグラフ以下では、神の怒りがどのようなものか示されています。
 主が顔を隠されるとどうなるでしょう。(20節) 神がすでに、「のろい」として、何度も、宣告しているあらゆるわざわいや苦難がイスラエルをおそい、敵に攻められ若い者も女も子どもも老人も殺されるような事態に陥ります。(19節〜25節)

 ただ、イスラエルを相続地としておられる神は、民の苦難をどこまでも放置しておかれることはありません。かならず、敵を罰するのです。というのも、イスラエルの敵になるものは、もっと思慮の欠けた人々で、彼等がイスラエルを攻め取ることを、「神がそうさせてくださった」とは思わないからです。(26節〜35節)
 さいごに、神はご自分の民をかばい、主のしもべらをあわれんで、救われます。そして、敵に立ち向かって滅ぼしてくださるのです。(36節〜42節)
 かならず、主はご自分の民のために、復讐をし、民の主に対する罪さえ贖ってくださる。その時、イスラエルの民は、喜び歌うことができるのです。(43節)
 訣別の歌は、最初から終りまでを、文末に出しておきます。


☆☆☆☆


 この歌では、「  」(赤色に変えてあります)に、入っていることばが、4ヶ所あります。最初(1節〜14節)は、イスラエルの長老のことばです。あとの3ヶ所(20節〜27節)(34節35節)(37節〜42節)は、神ご自身が話されることばです。この直接話法のために、詩のことばがとても直情的で生き生きしていて、それで、この詩全体のイメージが鮮やかなのだと思います。

  わたしの顔を彼らに隠し、
  彼らの終りがどうなるかを見よう。
  彼らは、ねじれた世代、
  真実のない子らであるから、
  彼らは、神でないもので、
  わたしのねたみを引き起こし、
  彼らのむなしいもので、
  わたしの怒りを燃えさせた。(20節〜21節)



 「聖書の神は、霊です」と説明されています。しかし、このような喩えのことばは、霊であられる神さまに、つい、人間のような姿を見てしまいます。いわゆる、「人格神」といわれるゆえんでしょうか。
 だから、私たちは、お祈りしながら神様と「語り合う」ことができるのです。
 ですが、しばしば、神様に叱られるようなことをしてしまう私は、そのようなときに限って、なかなか(御前に出て)お祈りすることができません。たぶん、「顔を隠して」しまわれるのを恐れているのです。

 モーセ五書を読んで今、気がつきます。私たちはイスラエルの民のおろかさや躓き、苦難の上の祝福──「救いの恵み」を、心に刻まなければいけない。
 この詩のさいごの行、「ご自分の民の贖いをされるから。」に注目してください。

 私たちは、新約の民として生きています。



   ※※※※


  天よ。耳を傾けよ。わたしは語ろう。
  地よ。聞け。私の口の言葉を。
  私のおしえは、雨のように下り、
  私の言葉は、露のようにしたたる。
  若草の上の小雨のように。
  青草の上の夕立のように。
  私が主の御名を告げ知らせるのだから、
  栄光を私たちの神に帰せよ。
  主は岩。主のみわざは完全。
  まことに、主の道はみな正しい。
  主は真実の神で、偽りがなく、
  正しい方、直ぐな方である。  

  主をそこない、
  その汚れで、主の子らではない、
  よこしまでまがった世代。
  あなたがたはこのように主に恩を返すのか。
  愚かで知恵のない民よ。
  主はあなたを造った父ではないか。
  主はあなたを造り上げ、あなたを堅く建てるのではないか。
  昔の日々を思い出し、
  代々の年を思え。
  あなたの父に問え、
  彼はあなたに告げ知らせよう。
  長老たちに問え。
  彼らはあなたに話してくれよう。
  いと高き方が、国々に、
  相続地をもたせ、
  人の子らを、振り当てられたとき、
  イスラエルの子らの数にしたがって、
  国々の民の境を決められた。
  主の割り当て分はご自分の民であるから、
  ヤコブは主の相続地である。    
  主は荒野で、
  獣のほえる荒地で彼を見つけ、
  これをいだき、世話をして、
  ご自分のひとみのように、
  これを守られた。
  鷲が主のひなを呼びさまし、
  そのひなの上を舞いかけり、
  翼を広げてこれを取り、
  羽に載せて行くように。
  ただ主だけでこれを導き、
  主とともに外国の神は、いなかった。
  主はこれを、地の高いところに上らせ、
  野の産物を食べさせた。
  主は岩からの蜜と、
  堅い岩からの油で、これを養い、
  牛の凝乳と、羊の乳とを、
  最良の子羊とともに、
  パシャンのものである雄羊と、雄やぎとを、
  小麦のもっとも良いものとともに、食べさせた。
  あわ立つぶどうの地をあなたは飲んでいた。
  エシュルンは肥え太ったとき、足でけった。
  あなたはむさぼり食って、肥え太った。
  自分を造った神を捨て、
  自分の救いの岩を軽んじた。
  彼らは異なる神々で、
  主のねたみを引き起こし、
  忌みきらうべきことで、
  主の怒りを燃えさせた。  
  神ではない悪霊どもに、
  彼らはいけにえをささげた。
  それらは彼らの知らなかった神々、
  近ごろ出てきた新しい神々、
  先祖が恐れもしなかった神々だ。
  あなたは自分を産んだ岩をおろそかにし、
  産みの苦しみをした神を忘れてしまった。


  主は見て、彼らを退けられた。
  主の息子と娘たちへの怒りのために。(19節)
  主は言われた。
 わたしの顔を彼らに隠し、
  彼らの終りがどうなるか見よう。
  彼らは、ねじれた世代、
  真実のない子らであるから。(20節)
  彼らは、神でないもので、
  わたしのねたみを引き起こし、
  彼らのむなしいもので、
  わたしの怒りを燃えさせた。
  わたしも、民でないもので、
  彼らのねたみを引き起こし、
  愚かな国民で、
  彼らの怒りを燃えさせよう。(21節)
  わたしの怒りで火は燃え上がり、
  よみの底にまで燃えていく。
  地とその産物を焼き尽くし、
  山々の基まで焼き払おう。(22節)
  わざわいを彼らの上に積み重ね、
  わたしの矢を彼らに向けて使い尽そう。(23節)
  飢えによる荒廃、災害による壊滅、
  激しい悪疫、野獣のきば、
  これらを、血をはう蛇の毒とともに、
  彼らに送ろう。(24節)
  外では剣が人を殺し、内には恐れがある。
  若い男も若い女も乳飲み子も、
  白髪の老人もともどもに。

  わたしは彼らを粉々にし、
  人々から彼らの記憶を消してしまおうと、
  考えたであろうか。 (26節)
  もし、わたしが敵のののしりを
  気づかっていないのだったら。
  ──彼らの仇が誤解して、
  『われわれの手で勝ったのだ。
  これはみな主がしたのではない』
  と言うといけない。(27節)
  まことに、彼らは思慮の欠けた国民、
  彼らのうちに、英知はない.(28節)
  もしも、知恵があったなら、
  かれらはこれを悟ったろうに。
  自分の終りもわきまえたろうに。(29節)
  彼らの岩が、彼らを売らず、
  主が彼らを渡さなかったら、
  どうして、ひとりが千人を追い、
  ふたりが万人を敗走させたろうか。(30節)
  まことに、彼らの岩は、私たちの岩には及ばない。敵もこれを認めている。(31節)
  ああ、彼らのぶどうの木は、
  ソドムのぶどうの木から、
  ゴモラのぶどう畑のからのもの。
  彼らのぶどうは毒ぶどう、
  そのふさは苦味がある。(32節)
  そのぶどう酒は蛇の毒、
  コブラの恐ろしい毒である。(33節)
  これはわたしのもとにたくわえてあり、
  わたしの倉に閉じ込められているではないか。(34節)
  復讐と報いとは、わたしのもの、
  それは、彼らの足がよろめくときのため。
  彼らのわざわいの日は近く、
  来るべきことが、すみやかに来るからだ。(35節)

  主は御民をかばい、主のしもべらをあわれむ。
  彼らの力が去って行き、
  奴隷も、自由の者も、
  いなくなるのを見られるときに。(36節)
  主は言われる。
  彼らの神々は、どこにいるのか。
  彼らが頼みとした岩はどこにあるのか。(37節)
  彼らのいけにえの脂肪を食らい、
  彼らの注ぎのぶどう酒を飲んだものは
  どこにいるのか。
  彼らを立たせて、あなたがたを助けさせ、
  あなたがたの盾とならせよ。(38節)
  今、見よ。わたしこそ、それなのだ。
  わたしのほかに神はいない。
  わたしは殺し、また生かす。
  わたしは傷つけ、またいやす。
  わたしの手から救い出せる者はいない。(39節)
  まことに、わたしは誓って言う。
  『わたしは永遠に生きる。(40節)
  わたしがきらめく剣をとぎ、
  手にさばきを握るとき、
  わたしは仇に復讐をし、
  わたしを憎む者たちに報いよう。(41節)
  わたしの矢を血に酔わせ、
  わたしの剣に肉を食わせよう。
  刺し殺された者や捕らわれた者の血を飲ませ、
  神を乱している敵の頭を食わせよう。』(42節)

  諸国の民よ。
  御民のために喜び歌え。
  主がご自分のしもべの血のかたきを打ち、
  ご自分の仇に復讐をなし、
  ご自分の民の血の贖いをされるから。(43節)





  (新改訳聖書から)





posted by さとうまさこ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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