2011年08月19日

Coffee Break349 モーセの死2(申命記34章1節〜8節)




 モーセはモアブの草原からネボ山、エリコに向かい合わせのピスガの頂に登った。主は、彼に次の全地方を見せられた。ギルアデをダンまで。(申命記34章1節)

 ナフタリの全土、エフライムとマナセの地、ユダの全土を西の海まで、(2節)

 ネゲブと低地、すなわち、なつめやしの町エリコの谷をツォアルまで。(3節)


 そして主は彼に仰せられた。「わたしがアブラハム・イサク・ヤコブに、『あなたの子孫に与えよう』と言って誓った地はこれである。わたしはこれをあなたの目に見せたが、あなたはそこへ渡って行くことはできない。」(4節)

 こうして、主の命令によって、主のしもべモーセは、モアブの地のそのところで死んだ。(5節)


 出エジプト記以来、レビ記、民数記、申命記の四書を通じて、リーディングキャラクターだったモーセが死ぬというのに、この淡々とした描写は、なんとしたことでしょう。
 ネボ山に上ったモーセは、ヨルダン川をはさんだカナンの地、ギルアデをダンまで。ナフタリの全土、エフライムとマナセの地、ユダの全土を西の海まで。それに、ネゲブと低地、すなわち、なつめやしの町エリコの谷をツォアルまでを見ることになります。実際には、ビスガは標高700メートルの山であり、また、パレスチナ山脈がさえぎっているので、これらの地域が全部、一望できたとは考えられないそうです。〈新実用聖書註解いのちのことば社より)
 ある意味で、神の使命と命令が織りなす象徴的な場面なのでしょう。そして、神は、モーセに「わたしがアブラハム・イサク・ヤコブに、『あなたの子孫に与えよう』と言って誓った地はこれである。しかし、あなたはそこへ渡って行くことはできない。」と仰せになるのです。

 私たち現代の聖書の読者にとって、ナゾは、モーセの死因、死にいたるまでの描写が一切ないことです。モーセは「主の命令によって」、その地で死んだことになっています。


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 「生き死には運命だ」と言った人がいます。有名人の言葉ではなく、私の知り合いです。いわゆる良識ある市民のような人ですが、神を信じているわけではありません。それだけに、常識的な見解だと思うのです。私なら、もちろん、同じことを「生き死には、神の御手のなか」と言いたいのです。

 生まれることはどうにもできないけれど、死は自分で支配できると思う人がいるとしたら、そのような意見は物笑いになることでしょう。死が人の意思に従うものなら、ほとんどの人は、「死を避けよう」「永遠に生きよう」とするでしょう。しかし、どんなに肉体に注意を払っても、生活環境を整えても、名医にかかっても、栄養やサプリメントに気を配っても、人間の力では、「死は避けることができない」のは、厳然とした事実です。たしかに、自らのいのちを断つ人もいますが、それはたいてい、本人も不本意な悲しい選択の結果です。


 モーセの死に方、死因が記録されていないのは、いかにもモーセにふさわしいと私は思います。神の人として、後半生を神に従いつくしたモーセは、つぎの神のことばに従ったのです。

「あなたの兄弟アロンがホル山で死んで、その民に加えられたように、あなたもこれから登るその山で死に、あなたの民にくわえられよ。」(32章50節) 

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 主は彼をベテ・ペオルの近くのモアブの地の谷に葬られたが、今日に至るまで、その墓を知ったものはいない。(34章6節)

 モーセが死んだときは百二十歳であったが、彼の目はかすまず、気力も衰えていなかった。(7節)

 イスラエル人はモアブの草原で、三十日間、モーセのために泣き悲しんだ。そして、モーセのために泣き悲しむ喪の期間は終わった。(8節)



 百二十歳になっても、目はかすまず、気力も衰えていなかったというのは、私たちが望みうる最高の状態ではないでしょうか。
 どのような死に方だったのだろうというような詮索は、モーセに限っては無用なのかもしれません。神が命じるとおり死に、神に葬られ、その墓もわからないのです。

 モーセは、もしかして、死ななかったのかもしれないと、私は想像してみるのです。だから、たつまきに乗って天に召されたエリヤとともに、イエス様の前に現れたのかもしれない・・・と。(マタイの福音書17章3節)






posted by さとうまさこ at 00:00| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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